四十九日2019年06月27日 22:34

今日は先月亡くなった我が相棒、ちま吉の四十九日だ。
はたして猫が十王の裁きを受けるのかどうかは知らん。
まぁ、残された俺のひとつの心の区切りとして。

30年間猫まみれで過ごしてきた。
ちま吉が生まれた頃はまだ20匹以上いたと思う。
それがだんだんと減っていき、ちま吉が最後の一匹だった。
そしてちま吉は他の猫と違ってとても特別な猫だった。
いつもそばにいた。
いつも膝の上ですやすや寝ていた。
仕事を終えて帰宅した時に、今でも何かが足りないような気がして。
決して広くない家の中を見渡せば、今でもちまのために買った○○が。
ちまのために買ったタイマー、ちまのために買ったコットン、
ちまのために買ったキルティングの端切れ、
ちまのために買ったカゴ、等々。

よちよち歩きで固形物が食べられるようになった頃。
携帯電話のカメラで。

1歳の頃。
もうすでに私の枕を占領していた。

これは十年以上前、夜間作業のために昼寝をしていた時。
そろそろ起きようと思ってたらこんなカンジで乗ってきた。
ちなみに夏。

いつでもこうやって人の膝の上ですやすや寝ていた。

死ぬ1ヶ月ほど前、最後の膝乗り。

思い出は尽きない。
虹の橋なんて信じてないけど、またどこかで会えたら。。

ちま、安らかに。

あたらしいおともだち2019年06月10日 00:01

先月当家最後の猫であるちま吉が死んで1ヶ月が過ぎた。
30年間猫まみれで生活してきた。
そして誰もいなくなったけれど、未だに猫がいた時の習慣が抜けない。
あぁ、もうこんなことしなくていいのに・・・と思うことがしょっちゅう。
それとは別に、キャットフードが大量に残った。(^_^;)
これ食べるわ→食べなくなった→違うの買う
のくり返しでドライフードが大量に残った。
ちま吉が好きだったビーフのネコ缶も3缶シュリンクのがふたつ。
チャオチュールの類似品がたくさん。
ちま吉が最後までよく食べてたので、まだ食べるかと思って買った
腎臓ケアの箱入りがまるまるひと箱。
袋のはまだ半分以上残ってたけど、ちま吉が死んだ次の日に
悲しくて全部捨てたが。
さてその大量に残ったキャットフードをどうするか。
野良猫にエサをやることについて私は賛成でも反対でもなかった。
何年も前に近所で野良猫にエサやってる怪しいおっさんがおったが。
ちくわとかやってんの見てそれはあかんやろうと思ったりもしたが。
で、以前からちま吉が食べ残したネコ缶とかを電柱の影に置いたり。
翌朝にはきれいになくなってたので誰かが食ってたんだろうと。
というわけで、取り敢えずドライフードをひと掴み置いてみた。
きれいになくなってた。
そうこうするうちに誰が食べに来てるのかがわかった。
ちょうど一年ほど前にお向かいの庭でくつろいでた三毛猫さん。

その後も何回かお向かいの庭で寝てるところを見かけたが。
最初は人の顔を見たらフーフー言ってたけど、
だんだん慣れてきてあげくの果てにはメシクレーと要求するように。(^_^;)

見返りにスリスリとなでなではさせてくれるように。

こんな至近距離で・・・(^▽^がはは!

ライバルが何匹かいて、特に黒猫が大嫌いらしく常に警戒してたので、
今日はうちに上がっていただきました。
この太短い尻尾も触らせてもらったけど、骨が曲がってるのね。
近年は年寄り猫ばかりだったので、ドライフードをカリカリ噛んでるのを
久しぶりに見た。
年寄り猫はドライフードはねぶって丸呑みするんで。
吐いたらそのままの形で出てきたり。

まぁ、ドライフードはまだたくさん残ってるから。
なくなったらその時考えようとか思ってたら嫁さんが買ってきてた。(^_^;)
まるまるとしてるし、なにより耳がカットされてるから
どこかの誰かに世話してもらってたんだろう。
ちま吉のかわりにはならないけど、少しは気もまぎれる。
特に嫁さんは。
野良猫ゆえにある日突然見なくなったりするかも知れんし。
まぁしばらくは残り物食べててもらおう。

助手のいない悲しさよ2019年05月12日 18:49

一昨日当家最後の猫ちま吉が死んだ。
助手の助手たる思い出。

いつでもそばにいた。

そしていつもどこかくっついてた。

暑い時期でも。

寝転がってる時でも。

ギターを弾いてる時でも。

ベースを弾いてる時でも。

膝の上はいつでもちま吉の場所だった。

布団乾燥の邪魔をするのも重要な仕事だった。

そして俺様の枕を占領するのも。
て、昨日も寝る時枕半分あけて寝たよ。
腹水が溜まってからはもう一緒に寝ることもなかったのに。

昨日はちま吉の画像を全部集めてた。
そんな事でもしてないと悲しすぎて泣いてしまいそうだったから。
ちま吉が写ってる画像は3000枚余りあった。
ほとんどが膝に乗ってるところだったけど。
なんでもない膝の上に乗ってるちま吉の画像。
でもな、ちま吉が膝の上でくつろいでるのが俺は嬉しかった。
そしてそれはとても幸福な気持ちになれる時間だったんだ。
ちま吉は夏でも冬でも膝に乗ってきたから。
布団で一緒に寝るのは寒い時期だけだったけど。
思い出が多すぎてお前がいなくなったことが寂しすぎる。
そして悲しい。

15年間本当にありがとうちま吉。
みーこ婆さん、うりぽん母さん、はにゃん、たぬ公兄弟たちと
仲良く待ってておくれ。
またいつか、ぬくぬくになって一緒に寝よう。

斎場へ2019年05月11日 23:59

昨日亡くなったちま吉を斎場へ連れて行く。
昨日は非番で今日明日は連休だった。
「死ぬ時は俺のいる時に」
と言ってたのだけれど、本当に律儀にその通りに。

嫁さんは昼から仕事だったので、昼から一人で斎場へ行こうと思ったが、
最後の猫ぐらいは夫婦二人で行く方がいいかと思い直す。

斎場は山の上。
この道を何十回と上がってきた。
何十回と涙をこらえて下ってきた。
いや、何回かは途中で止めて泣いたこともあったけど。

淡々と手続きをして、別れを告げて外に出る。
駐車場の奥に動物慰霊塔があるのは知ってたが、
今まで一度も行ったことはなかった。
今回はうちの大おっかさん猫みーこちゃんに報告に。
「約束は守ったで、最後の子を連れてきた・・・」
それ以上は号泣しそうになったので続けられなかったが。
みーこちゃんとの約束。
多頭飼いで崩壊しそうだった時に、それでも全部最後まで面倒をみる。
一匹一匹不妊手術をしていった。
多い時には30匹ぐらいいたのではないか。
そうして最後の子として生まれたのがちま吉だった。

いつかはその時が来る。
それはわかっていたことなのだけれど。
やはり悲しい。

嫁さんが仕事に出掛けてから片付けをする。
猫のトイレ、給餌器、そしてオレ様の余計な仕事も撤去した。
ちま吉のために買った腎臓ケア用のフードもひと箱ムダになったな。
猫砂もネコ缶も・・・

今日から猫のいない生活。
この家に引っ越してきて20年余り。
その頃は猫だらけで、どっちを見ても猫がいたのに。
寂しい。
そして悲しい。

相棒逝く2019年05月10日 23:59

ちま吉、正式名 嶋頓平 享年15。

長い闘病の後本日夜逝く。
俺の相棒であり、子どもであり、兄弟であり、親であり
恋人であり、親友であり、枕であり、布団であり、炬燵であり
毛布であり、膝掛けであり、癒やしであり、敵であり
そしてかけがえのない俺の幸せの一角だった。
安らかに眠れ。
またどこかで会おう。
そして、ぬくぬくになって一緒に寝よう。


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