When the deathbed2015年07月03日 00:24

クリス・スクワイアの死を知ってそれほどショックを受けたわけでもない。
年齢が年齢だけに、まぁ仕方のない事。
ぐらいに思った。
残念ではあるが。
ただ、色々youtubeで見てたら、Squackettの時の会見みたいのがあって、
ほんの2年ほど前にフツーに冗談言って(老けたとは言え)元気そうな
様子を見ると、自分にも間違いなく訪れるであろうその時について
ちょっと考えずにはいられなかった。

幸いな事に?身近な人間の死は両親しか経験していない。
それも結局、遠いところでの出来事のような。
まぁ、親父の死ぬ時は病院で立ち会ったが。
それ以前から長いこと入院していたので、死んだからといって
日常に違和感を感じることはほとんど無かった。

むしろ日常に違和感を感じたのは10年以上一緒に暮らした
私によく懐いていた猫が死んだ時。
振り向けばいるはずの猫がいない違和感がしばらく続いた。
そして今はまだ元気なちま吉もいつかは去る時が来るのか。

この先、唯一身近な人間たる嫁さんが急に死んだりしたら?
とか考えたら少し恐怖。
いやそれ以前に、自分の残された時間が、
もしかしたらものすごく少ないのではないかと思う。
とは言え、今日も明日もいつものようにダラダラ過ごすんだけど。(^_^;)

「わが人生に悔いなし」
なんて、よっぽど独善的で我が儘で自分勝手でないと言えないと思うが
どうだろう。
あの時ああしていれば、こう言っておけば、こっちに進んでれば・・・
数えだしたらキリがないが。
それとも高尚な人には何か違うものが見えるのだろうか。
所詮下賎の身、そういうのは何か違う世界のことのように感じる。

どっかのボケ老人が他人を巻き込んで死んだとか。
本当に今の60歳以上は屑が多い。
普通そんな事しないだろうという信頼をどんどん壊した屑ども。
死ぬなら勝手にひとりで死んでろよ。

理解出来ないのは世の中を恨むという感情。
世間に適応出来ないのは自分のせいなのに。
年金減額されて手を打てないから公の場で他人を巻き込んで死のうと
する意味が理解出来ない。
ただ、油かぶって火を付けようとしてるボケ老人を殴ってでも止められない
今の世の中にも問題はあるとは思うが。
個の自由を認めすぎたか。


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